原状回復をめぐるトラブルとガイドライン 概観

転居の際、「原状回復」と呼ばれる行為を行いますが、その詳細が妥当であるかの判断には難しさが付きまといます。そこで、国土交通省は「原状回復をめぐるトラブルとガイドラインPDF)」を作成し、判断の参考とするよう示しています。

しかし、これは 2023 年 1 月現在、173 ページにわたる文書であり、労力を要します。少なくとも自分の引越し時に参照するため、これをなるべく平易にまとめる事が本ページの目的です。

また、記載内容をより詳しく確認できるようにするため、各節にはガイドラインのページ番号を付記しました。

なお、筆者は法律や契約について素人ですので、内容についての責任は一切負いません。本ページの記載は参考に留め、当事者で判断して下さい。

必要な知識

語義

文が小難しくなりがちなので、読みやすさを求めて区別しやすい語を選んでいます。

言葉 定義
オーナー 家を貸す人。物件管理会社や家主、大家、オーナーさん含みます。
入居者 家を借りる人を指します。

原状回復の定義

「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損(以下「損耗等」という。)を復旧すること」

と定義されています。(p. 1)

つまり、誰でも通常使っていれば起こるような汚れ、傷、破損、経年劣化(通常損耗)は回復義務がないと考えられそうです(p. 7 「社会通念上通常の使用をした場合に生ずる〜」)。また、通常損耗の修繕費は、家賃に含まれていると考えて良いようです(p. 11)。

逆に、通常損耗に分類される内容であっても、その程度があまりに大きい場合は入居者の負担となる場合があるようです。(p. 11)

また、仮に本来オーナー負担の内容を入居者に負担させる契約に合意していたとしても、オーナーの修繕義務を免除する意味しかない(本来はオーナー負担が適当であり、他に理由がない)ものや、それが本来負担すべき範囲を超える事を明示していない場合については、その効力を争うことができるようです。(pp. 6-7)

価値の減少

ほとんどの設備は、利用によって価値が減少します。ガイドラインでは、各設備の新設・取り替え時を価値 100% とし、6年〜15年、または建物の耐用年数をかけて価値が1円となることを示しています。この価格は平成19年に改正された税制に基づいたものです。(p. 12, pp. 22-24)

したがって、退去時には、通常損耗を超える入居者負担分について、入居年数によって減少した価値に応じた修繕費用を支払うことになるようです。

なお、現実的にはどの設備が何年使用されているかを完全に把握する事が難しい点や、オーナーの言う使用年数が正しいか入居者には判断できない点から、入居時に当事者で協議し、物件全体として何年経過しているかを協議した上で決定する方式を提案しています。(p. 13)

反対に、価値が減少しないものも定義されています。消耗品の性格が強いもの(襖紙、障子紙、畳表など)や、減価償却資産のうち、使用可能期間が1年未満または取得価格が10万円未満のものが該当します(p. 14)

通常損耗とそれ以外の区分け

一例として、PDF の pp. 17-21 で具体的に示されています。また、修繕が必要となった場合にどのような単位で行うべきかについては、pp. 22-24 で示されています。一般的な基準を知り、請求が適当であるか判断するために、一読する価値がありそうです。

そもそも敷金とは

入居者が家賃を滞納したり、不注意で与える損害を担保するために、オーナーに対して預けるものです。未払いや通常損耗以外の損耗による債務が発生していなければ、全額が返還されます。そう、全額です。

保証金と呼ばれていても、目的が同じであれば敷金だそうです。(要調査:保証金も返還される可能性があり、敷金と保障金を両方支払うのは二重払いに当たる可能性がありそう?)

現場で行うこと

入居時

原状回復費用は退去時に発生するものですが、その精算を敷金から充当するかを含めて入居時に契約が行われるため、賃貸借契約当初の問題として捉えることが妥当です。(p. 6)

入退去時の変化を知るために、入居時に損耗等の確認を行い、記録します。ビジュアルやオーナーとの会話を記録するために、写真、音声、動画といった手段も有効です。(p. 3)

退去時(引き渡しの立ち会い時)

入居時と同様に、損耗等の確認を行い、記録します。その場で原状回復費用の全額が明示された場合、ガイドラインの pp. 17-24 に従って、妥当であるかを確認します。

経験上、費用の全額を示さず、未定の金額の後日支払いを確約させようとする場合がありました。この場合は絶対にサインをしてはならず、支払いや内容の確約をしないよう条文を変更してもらいましょう。控えがなければ、契約書の写真も撮っておくと良いでしょう。

後日明細が届く場合は、ガイドラインに従ってこれを確認しましょう。オーナーには敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があるので、明細が送られてこない場合は求めることができます。

明細を確認して不適当と思われる箇所があれば、理由を伝えて費用を減額してもらえるよう交渉しましょう。

トラブルが起きたら

当事者間で合意に至らない場合のために、いくつかの方法が提案されています。

方法 内容
相談、斡旋 国民生活センターや消費生活センターによる相談、斡旋が行われています。(p. 33)
調停 訴訟よりも簡易な手続きで、迅速な解決が図られる。調停機関による司法調停、国民生活センターや消費生活センターによる調停が行われています。(p. 33)
仲裁 私人である第三者の判断によって行われる。弁護士会などの仲裁センターで受けてもらえるようです。(p. 34)
少額訴訟手続 60万円以下の支払いを求める訴えについて、1回の審理で紛争を解決する手続きです(p. 33)。申立て手数料は訴額 60 万円で 6000 円だそうです(p. 42)。

判例

原状回復をめぐる裁判における判例が p. 60 より記載されています。分量のため抜粋は割愛しますが、裁判官の判断とその理由がわかるので、興味があれば読んでみることをお勧めします。

その他

p. 117 以降の参考資料の節では、調停や少額訴訟手続について理解しやすく具体的な説明が行われおり、難しいイメージのある制度が身近に感じられる点で価値があります。

また、標準賃貸契約書といった実務的な資料も例示されています。これらの資料は、大半の場合知識の面で有利なオーナーに対し、入居者が対等に近い立場で交渉を行うために有効であると考えられます。こちらも契約時の参考になりそうです。

2022年1月29日